生活維持省(『ボッコちゃん』より)2011-01-19


香織とはじめて出会ったのは、ビルの屋上だった。
生活維持省からの帰りで、夕日がとてもきれいだった。

屋上の風の流れが急に変わって、人の気配に気づいた僕に、香織がとても上機嫌で話しかけてきた。

たわいもない話しだったから、もう、内容はすっかり忘れてしまったけど、多分、夕日がきれいとか、そういった水彩画のような、よくある自然描写についてのことだったと思う。

その会話で、香織は、僕と同じ大学に通っているということがわかった。 彼女は2年生で、僕は4年生だった。

彼女が大学を卒業し、自立生活維持期間終了するのを待って、僕は結婚を申し込んだ。
生活維持省が、僕に与えた人生設計上の結婚適齢期は、26歳で、彼女は24歳だったからだ。

僕と香織は、結婚と同時に、生活維持省へ、性生活ポイントの申請と、その後の妊娠許可証の交付を依頼した。

性生活ポイントは、申請後すぐに付与され、新婚旅行に出かけることができたが、妊娠許可は、なかなか下りなかった。
人口が増えすぎたせいなのだからしかたがない。

「ねえ、あなたに見せたいものがあるのよ」
そう言いながら、香織がキッチンから顔をひょっこり出して、微笑んだ。
今日の香織は、いつもよりずっと上機嫌だった。
それで、僕は彼女と出会ったときのことを思い出したんだ。
あのときの、夕日に照らされた彼女も、こんな風に上機嫌だったんだと。

「僕も、香織に見せなくちゃならないものがあるんだ」
僕も、少しだけ笑った。
「え? あなたも?」
「・・・・・・僕のは、いつでもいいんだ。香織の方から見せてくれよ」

彼女は、もじもじしながら、エプロンのポケットにしまっていた封筒を取り出した。
もう、今にもうれしさが爆発して、飛びついてきそうな勢いで、僕の目の前に駆け寄ってきた。

「見て、コレ! 何だと思う?」
「わからないよ」
「生活維持省からよ! 妊娠許可が下りたのよ! ホラ!」
彼女は、僕に抱きつくと、僕の頬へキスをして喜んだ。

≪『妊娠許可証』在中≫
封筒には、そう書いてあった。

「あなた! 私、妊娠できるのよ! 私たちにやっと赤ちゃんが産まれるのよ!」
香織は、飛び跳ねながら叫んだ。
「そうだね。僕らは健康だし、執行猶予期間が6カ月もあるんだから、大丈夫。その間に必ず妊娠させてみせるさ」

生活維持省から許可が下りた場合、申請者は、6か月以内に必ず申請内容に基づいて、執行することとなっていた。
もし、期間内に不履行だった場合は、生活維持省の役人により強制執行されることになっていたのだ。

「・・・・・・ところで、あなたの見せたいものって、なに?」
「ああ・・・・・・いや、なんでもないよ。僕のは、くだらないものなんだ」
こんなに幸せそうな香織に、僕の許可証のことを言い出す勇気は、なかった。

ビルの屋上で、香織とはじめて出会ったあの日、僕は生活維持省へ申請書を提出した帰り道だった。
僕は、その許可が下りたときのために、ビルの屋上から、街を見下ろしていたのだ。

偶然にも、今日、彼女の妊娠許可が下りたのと同時に、僕にもあのとき申請した許可が下りたのだ。

≪『自殺許可証』在中≫

僕は、そう書かれた僕宛の封筒をポケットにねじ込んで、うれしそうにほほ笑む香織をそっと抱き寄せた。


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コメント

_ 海野久実 ― 2011-01-19 01時19分44秒

え?ハッピーエンドなのか違うのか、わからない!
二人はどうなるの?
>ビルの屋上で、香織とはじめて出会ったあの日、僕は生活維持省へ申請書を提出した帰り道だった。
ここで、自殺許可証みたいなものかなと言うのは思ったんです。
ビルの屋上に自殺はつきものですからね。
え?ちょっと待ってよ。
>不履行だった場合は、生活維持省の役人により強制執行される?
と言うことは自殺許可証が出て、履行されない場合も同じくなんですか?
なんと言う結末!
作品の初めの方で、主人公の自殺願望がそれとなく表現されていたほうが良かったのでは?
なぜ自殺許可申請をしたのかが判らないですから。
それだとオチが判ってしまいそうなので、最後まで主人公が何かの申請書を出していたと言うのは伏せておいた方がいいでしょうね。
そうかー
アンハッピーエンドでしたか。
それより気になるのは、妊娠許可の不履行に伴う生活維持省の役人による強制執行って?
その役人って役得ですよねー(笑)
あそうだ、僕もやっと睡眠許可証が下りました。
今から履行するとしましょう火器訪問販売(考えるの疲れるわよ)

_ 矢菱虎犇 ― 2011-01-19 03時03分12秒

ヴァッキーノさんは読んだことがないかもしれませんけど、この生活維持省は星さんのショートショートのなかでも結構有名なものです。そして基本的に生活維持省の役割も一緒です。ビンゴ~!
そしてこれは内緒ですけど、僕的には星さんのよりこっちのほうが面白いです。シュタタタタタ~(逃)

_ hiro1468 ― 2011-01-19 03時22分47秒

全てにたいして管理されている…
まるで長野まさみさんの小説を読んでいるような気分でした。
カルトローレとか新世界とか、御存じですか?

それにしても意味深な終わり方ですね…。
喜んでいる顔を見て、そして、ささいなことと男は言う…。
とすると男は自殺止めたのかな…どうでしょうか…

_ 海野さんへ ― 2011-01-19 12時19分29秒

いつもありがとうございます。
昨日、この生活維持省を書いた時は、もっと、この倍くらい長かったんです。
生活維持省っていう省庁ができる社会体勢なんかをちょっと書いたりして、核家族禁止法とか、生まれたときに与えられた人生設計どおり生きたら、奨励金が交付されるとか、そんなのを書いてたんですけど
ボクの子供が読んで、一言「長いよ」って言われたんです。
で、設定とかそういう世界観の説明を全部削除して、夫婦に焦点を絞って短くしました。
自殺については
生きることの全てを管理されたら、生きる意味に詰まって死にたくなるんじゃないかっていうことなんです。
でも自殺も申請が下りるまでダメっていうのがお役所っぽくていいかなあと。
まあ、悲劇ですね。

_ 矢菱さんへ ― 2011-01-19 12時29分27秒

星新一のショートショートで代表作といえば
生活維持省
きまぐれロボット
おーい、出てこい
の3つだって書いてたんです。

この中で、具体的なタイトルは
生活維持省っすよね。
読んでないのにビンゴだってのも、納得です。
生活を維持するってことは、あくまでも個人的なことですけど、それを国が管理するわけですから、あらゆることに干渉してくるんだろうと考えたんですよ。
生まれることから、死ぬことまで。
天国って住みにくいかもしれませんね。

でも、星新一より好きだなんて、矢菱さん、ボクとーってもうれしいわ!
ブッチュ~(ディープキス)

_ hiroさんへ ― 2011-01-19 12時34分54秒

あなたの反抗期は、いつからいつまでです。とか、そういうことも管理されてる社会。怖いですね。
だけど、もっと怖いのは、なんでもかんでも自由だっていう世界。
きっとこの主人公は自殺するでしょうね。
生活維持省の規定に則って。
でないと、赤ちゃんが生まれた時、人口がプラスマイナスゼロにならなくて、どこかに歪みができて、誰かの生活が維持できなくなっちゃいますから(笑)

_ りんさん ― 2011-01-20 18時42分49秒

許可がないと妊娠できないんですね。
間違ってできちゃったらどうするんでしょうね。
性生活ポイントというのは、エコポイントみたいなものでしょうか。
この人たちは新婚旅行と交換したの?
面白いですね。
彼はもちろん自殺をやめたんですよね。
必ず妊娠させてみせるって言ってるものね^^

_ おりんさんへ ― 2011-01-21 12時14分56秒

このくらい生活維持省によって管理されていたら、出来ちゃった結婚ってのはないんでしょうね。
モラルが強制される社会なんです。
あ、そうか、妊娠許可が下りていれば、できちゃった婚も可能ですね(笑)
ちなみに、この主人公がもし自殺しなくても結局は生活維持省によって強制執行されるんです。
ハッピーエンドは、望めません。

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