妖怪(『凶夢など30』より)2011-01-26


陰陽師の身分を活用して、見顕屋(みあらわしや)という商売(妖怪の仕業かどうかを判断する生業)をやっている親友の蘆屋道満の家へ向かって、駅前をぶ~らぶらしていると、誰かが僕を呼び止めた。
「おにいさん!」

振り返ると、そこにはポケットティシューを大量に持った女の子。
「今日、駅前に焼鳥屋がオープンしますので、ぜひ!」
そう言って、彼女は僕にポケットティシューとチラシを渡した。
僕は、ふいに呼び止められたり、さっと手渡されたりすると、ついつい受け取ってしまう。

『焼鳥の虎犇』
なんて読んだらいいんだろう?
とら???

そんなことを考えながら、僕は道満の家のドアを開け、事務室(ただの居間)へ向かった。
道満は、どうやらシャワーを浴びているらしく、事務室にはいなかった。

僕は、ソファに座ろうとして、飛び退いた!
「うわ!」

そこには、ドリフのコントなんかでおなじみのぶ~らぶらおっぱいをぶら下げたババアが手ぬぐいを頭に載せて、襦袢を淫らにはだけた格好で失神している。

どこをどう転げ回ったのか、体中砂だらけだ。
この状況からして、どうみても、あの女好きの道満がババアをレイプしたとしか考えられない。

なんてヤツだ!
もともと非常識な男だと思っていたが、こんなことをするなんて!
僕の怒りは頂点に達した。

そんなとき、シャワールームから道満が出てきた。
「ふう、さっぱりしたあ! お? 安倍君、来てたのかい?」
「来てたのかいじゃないだろ! これは、どういうことなんだ!」
僕は怒りで顔を真っ赤にして、ババアを指さした。

「どうって・・・・・・あははは! 僕がこの老婆をレイプしたと思ってるんだね、安倍君」
「心読みの術か? まあいい、そうさ! だって、こんな格好で、砂だらけで気絶してるなんて、おかしいだろ」
僕は、ババアのぶらぶらおっぱいを襦袢で隠した。

「安倍君、きみは相変わらず正直ものだよ。心読みの術なんて使わなくても、すぐにわかったさ。あっはははは!」
「笑いごとじゃないよ。じゃあ、このババアはいったい・・・・・・」
そう言うか言わないうちに、道満はソファの上にあった書類を僕に渡した。
「まあ、読んでみたまえ」

【晴明保険】
契約者:砂かけババア
契約内容:陰陽師による悪霊祓いで生じる被害一般
特約:砂及び再就職のあっせん
受取人:契約者本人

「何だい? この晴明保険ってのは」
「ああ、悪いけど、勝手に君の名前を使わせてもらったよ。だって安倍君は陰陽師の中でもイケメンのヒーローってことになっているからね。それにしても、砂かけばばあの砂ってのはなかなか取れないもんだねえ」
そう言って、道満はタオルで体を拭いて、脱衣室へ着替えに戻った。

「彼女はね、安倍君。砂かけババアなのさ!」
「え? 砂かけババアって・・・・・・あの?」

「陰陽師の連中に悪霊祓いをされて、命からがら逃げてきたってわけさ! いいかい、彼女がいったい何をしたって言うんだろう? 旅人の無事を願って、松の木の上から砂をかけただけじゃないか。その砂だって極上のものだよ。砂風呂で使用されているような砂さ。ミネラル分をたっぷりと含んだ砂なんだよ、安倍君」
脱衣室で、道満は大声で話している。

「しかし、困ったことに最近はその極上の砂が採れなくなってきているらしいんだよ。つまり汚染だね。まあ、科学っていう名の陰陽道が社会に蔓延している現代では仕方ないことなんだがね。僕が許せないのは、こんな無害なもののけを排除しようとする陰陽師の連中さ! そう思わないかね、安倍君。そこで僕は、そんな罪のないもののけたちを守るべく、晴明保険ってのを始めたのさ!」

「う、うーん」
僕の横で、ババアが目覚めた。
上体を起こして、僕に気づく。
「キャッ!」
なにがキャッ!だ。
こっちのセリフだ、まったく。

道満は、砂かけばばあに、保険の細部契約内容を説明し、砂のたっぷり入った壺を渡すと書類にサインしてもらった。
「それじゃあ、砂かけばばあ。これでお別れです。さようなら」
「ありがとうごぜえますだ。これで、安心して暮らせますだ」
そう言って、砂かけババアは、見顕屋の事務所を出て行った。

「しかし、道満。この保険、僕の名前ってのはまずいんじゃないかい? だってこれじゃあ僕が悪者じゃないかあ。清明保険だなんて」
「いやいや、まったくその逆だよ、安倍君。君の名は正義のために使われるのさ!」
道満は、そう言うと僕をじっと見つめた。

「よーし、ひと仕事したら酒でも飲みたくなったなあ。安倍君、どこかいい店知らないかい?」
さては、心読みの術だな? と、僕は思った。

「いや、そうじゃないんだよ、安倍君。君がさっきから後生大事にもっているそのチラシがきになったもんだからね」
ほら、やっぱり心読みの術じゃないか。

僕らは、夜の街に出かけた。
もちろん駅前にできた『焼鳥の虎犇』。

「いらっしゃい!」
威勢のいい声が、僕らを迎えてくれた。
僕ら以外にまだ、客はいなかった。
席につくとすぐ、おしぼりが渡される。

「生2つ・・・・・・あ!」
僕は、おしぼりをくれた女性を見て、目を疑った。
それは、さっきの砂かけババアだったからだ!
道満は、僕の驚いた顔を見て、悪戯っぽく笑っている。

砂かけババアが、にこにこして注文を取る。
「なに焼きましょうか?」
「おねえさん、おすすめは?」
道満は、砂かけババアにわざとらしく訊ねた。

「当店のおすすめは・・・・・・砂肝じゃよ」
「なるほどね」
僕は、道満のしらじらしい顔を見て頷いた。

「そういうことさ、安倍君」
熱いおしぼりで顔を拭きながら、道満が言った。


今日も読んでいただきありがとうございます!
日本ブログ村に参加中です。
ポチッ!と、クリックお願いしま~す。
  ↓
にほんブログ村 小説ブログ ショートショートへ
にほんブログ村 小説ブログへ
にほんブログ村

コメント

_ 焼き虎犇 ― 2011-01-26 21時45分45秒

再アップ!
焼鳥の虎犇!
しかも被りものキューピー!

アッハッハッハッハッ
もう可笑しくって照れくさくって、
肛門がかゆいです。
『ヴァキもっこり』のストラップ10個進呈!

_ 矢菱さんへ ― 2011-01-26 22時14分26秒

キューピーちゃんのストラップってどんなのあるんだろう?って画像を見てたら、砂かけばばあとキューピーちゃんコラボってのが、あったんですよ。
そういえば、砂かけばばあネタを書いたことあったなあって思い出しまして、
矢菱さんも再アップって言ってたし
じゃあって、やってみたんです。
でも、少しだけ手直ししたんですよ。
ホント少しですけど。
こういう縁ってあるんですよねえ(笑)

_ haru ― 2011-01-27 15時33分44秒

やだぁー!読む前からキューピーちゃんの砂かけババア画像だけで、
もうすでに笑っちゃって、読みながらも笑いが止まらない。
そしたら、晴明保険だって!おもしろすぎだってばさ。
砂かけババアお勧めの砂肝食べたくなっちゃった。

あーぁ、笑いじわが、またふかくなりそう。
ヴァッキーノ保険で、保証してもらえるんですかねぇー?

_ haruさんへ ― 2011-01-27 18時36分03秒

陰陽師ものって、たいていは安倍清明が主人公で、
蘆屋道満は敵なんですよね。
でも、世の中そんなに敵味方に分かれて戦ってばかりじゃない
と思いまして、こういう親友という関係にしてみました。

>晴明保険だって!
くだらないでしょ~(笑)

>ヴァッキーノ保険

5060よろこんで!(地井武男風)

_ 海野久実 ― 2011-01-28 01時03分14秒

晴明保険と言う絶妙なダジャレは最近聞いた中ではまれに見る優れたものであります。
「陰陽師」 「焼鳥屋」 「砂かけババア」
この、どうやって繋がるのか想像もできないキーワードが、ヴァッキーノ氏の力技で見事なコメディーとして開花してゆく様は、呆気に捕われるばかりでありました。
「お見事」の一言に尽きる作品でありました。

く、く、く、苦しい~
ハチャメチャショートショートにまじめな感想をするのは疲れますだおかだ。
僕の作品にまじめな感想を書いてくださった、ヴァッキーノさんの心中お察し申し上げます。
ついでに寒中お見舞い申し上げます。

_ 海野さんへ ― 2011-01-28 12時14分08秒

ボクは感想を書くのが苦手で、思ったことの半分も書けなかったりするんです。
で、あとで、皆さんのコメントを読んで、ああそうそう、それが言いたかったんだあって、後だしジャンケンみたいなことを思ったりするんですけど、

海野さん!
そんなボクから
浣腸おみまいいたします!
カンチョー!!!!

ぐにゅ。

_ りんさん ― 2011-01-28 19時28分42秒

ダジャレがいっぱいですね。
安倍だから、名前は清明だろうな~と思ったけど、清明保険には笑いましたね。
さすがです。
私も、この焼き鳥屋さんに行きたいです。
「生ビールと砂肝一丁!」

_ おりんさんへ ― 2011-01-28 19時36分34秒

陰陽師って、なんか妖怪をやっつけたりする感じで
戦う話しじゃないですか。
そういうのは、やめて
今回は安倍清明と蘆屋道満の関係を
ホームズとワトソンみたいな感じにしてみました。
安倍清明がワトソンです。

生一丁! 砂肝一丁!
よろこんでー!

トラックバック