偽札2010-10-19


僕は、買ったばかりの煙草に火をつけて、この田舎道を西へと歩き出した。
夕焼けに目を細めて歩きながら、こんなことを考えた。

適当なデザインでいい。
本物のような感じでいい。
自分オリジナルの1万円を作るんだ。

パソコンで、それなりの雰囲気を醸し出した1万円札。
それを何枚もプリンターで印刷する。
もちろん、透かしだってちゃんとある。

肖像は誰にしよう?
そうだな、坂本龍馬なんかいいかもしれない。
二宮尊徳でもいい。
とにかくそれらしい人物。

手触りもバッチリだ。
ツルツルすぎず、ざらつきすぎない。
完璧な新1万円札。

ざっと100枚。
この札束をポシェットにいれて、僕は田舎へ向かうんだ。
相当な片田舎がいいだろう。

この情報化社会において、インターネットもないような、ケータイの電波も届かないような田舎の煙草屋。

たいてい、そんな煙草屋は老人がやっている。
身寄りのないばあさんが、細々と雑貨何かと一緒に煙草を売っているんだ。

「ゴメンください」
しばらくして、奥の方から、ばあさんが腰を曲げてゆらゆらとやってくる。
「いらっしゃいませ」
「おばあちゃん、一人でこの店を?」
僕はそれとなく、やさしく話しかける。

「ええ。そうですよ」
「さびしいでしょう?」
「そうでもないよ」
ばあさんが、愛想よく僕の話に笑う。

「セブンスター1箱」
「300円です」
やっぱり。
値上がりしたことすら知らないらしい。

「おばあちゃん。煙草は値上がりしたんだよ。440円になったんだ。知らなかったのかい?」
「ああ、そうなのかい? 新聞も取ってねえし、知らなかったよ」
だろうな。
アナログ放送が終われば、テレビも見られなくなる。
そうなれば、偽札情報がニュースで流れたとしても、知る術もないだろう。

「じゃあ、1万円札が新札になったのも知らないのかい?」
「ええ? お札が新しくなったのかい? 知らなかったねえ」
ばあさんは、僕から例の1万円札を受け取り、珍しそうに眺める。

「ほう。こりゃすごいねえ」
「まだ、少ししか出回ってないんだよ。珍しいもんだから、記念にしまっておくといい」
ばあさんは、感心したようにじっくり見て、言われたとおり机の奥へしまうと、9,560円のお釣りをくれる。

僕は、まんまと煙草1箱と9,560円を手にしたわけだ。
それをショルダーバッグに無造作に投げいれ、煙草屋を去る。

情報のない片田舎の煙草屋。
じいさんか、ばあさんが細々と営んでいる店。
新札の1万円札は珍しいと言えば、しばらくは使わないだろう。

その間に僕は、何件も何件もそんな店を訪ね、セブンスターを1箱だけ買い、新1万円札で支払い、そして9,560円を手に入れる。

100店舗回れば、956,000円の利益。
地図を頼りに、そんな店はあっという間に見つかる。
僕は、そこへひとつひとつ印をつけて、悠々自適の一人旅をするのだ。

ざまあみろ。

僕は、煙草の煙を夕空に向けて噴いてみる。
あはは。
ポケットに両手を突っ込んで、猫背で歩く。

もうすぐわが家。
カレーのにおい。


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コメント

_ りんさん ― 2010-10-19 23時40分16秒

この話、好きです。
もしも…と空想するのは、たとえ犯罪でも楽しいですよね。
考えるだけなら自由ですものね。
たばこを吸う人は、「何て理不尽な値上げだ」と思っているんでしょうね。
最後の「カレーのにおい」っていうのが、またいいですね。
大それたことを考えても、すごい庶民的…^^

_ tatsu ― 2010-10-20 00時33分49秒

100店舗回れば、956,000円の利益
ざまあみろ、甘いもんだぜ。

癌病棟でつぶやく一人の男が居た。

_ 矢菱虎犇 ― 2010-10-20 07時24分13秒

贋札を本物にどれだけ似せるかってするんじゃなくて、好きにデザインするってのが笑ってしまいますね。
つまるところ、金だけせしめようって大悪党は、脱税したり法律をかいくぐった金儲けで億単位でもうけちゃうんでしょうねぇ。
こういうチマチマしたかせぎでなく。

それにしても写真みたいなたばこ屋さん、見かけなくなっちゃったなぁ。

_ おりんさんへ ― 2010-10-20 18時21分45秒

もしも・・・っつってもドリフのコントじゃないですよ(笑)
ボクは煙草を吸わないので、煙草の値段がわからず
近所の煙草の自販機へ行ってしまいました。
煙草って高いんですねえ。

>大それたことを考えても、すごい庶民的
それがショートショート・ブロガーの生きざまってもんですな~

_ tatsuさんへ ― 2010-10-20 18時24分35秒

>癌病棟でつぶやく
おおっとー!
なかなかブラックですねえ。
病人が必ずしも善人ってわけじゃないですから
案外、そういうことを考えてるか、もしくは
色っぽいナースを見てわくわくしてるかってもんですね!

_ 矢菱さんへ ― 2010-10-20 18時27分45秒

ずる賢い人間ってなんで、ずるいことをするんでしょう?
そのずる賢さで、人助けができたらいいのに。。。
って、よく考えてみたら、人助けをしないで儲けようとするから
ずる賢いんだった。
でも、金のために金稼ぎするのはゴメンですね。

_ 星鉄 ― 2010-10-20 21時40分41秒

いろいろと考えさせられるお話ですね。こうなっったのは本人のズル賢さなのか、それとも国がそうさせるのか…深い。

確かに、たばこ高くなりましたね(悲)
値上がりする度に、止めよう止めようと思ってもなかなか止められない…そこに漬け込んで、税金を健全?な国民からせしめるなんて(怒)

日本はこの先、どうなってしまうんでしょうか?

_ hiro1468 ― 2010-10-20 22時11分58秒

PCが修理から戻ってきて久々にみる事が出来ました。
携帯さえも所持していない、はてさて…。

僕は寝れない時、こうやってスケールのでかく、なんか
微妙に馬鹿馬鹿しい事考えてると寝ちゃうんですよね

_ 星鉄さんへ ― 2010-10-21 12時28分52秒

夕暮れの哲学って言葉がありますけど
夕陽を見てるとついつい難しいことを考えちゃったり、感傷に浸ったりしてしまいますね。
そんな時、カレーのにおいが救いになるってこともあるかもなあということで(まわくどくコメントしてる感じですみません(笑))

_ hiroさんへ ― 2010-10-21 12時34分47秒

ああ!ボクんちのPCも最近変なんですよ。
シャットダウンしますっていうカウントダウンが始まって、プチってなって再起動するんです。
おかげで、何度書きかけのショートショートを消してしまったか!
まあ、たいしたこと書いてないんですけど(笑)

_ きのめ ― 2010-10-22 12時30分03秒

すごくいいなぁ。この雰囲気。

歩きながらとか電車に乗りながらとか、ふと目にした風景から
連想ゲームのように思いが浮かびますよね。
別の光景が目に入ったりドアが開いたりした瞬間にリセットされて、
さっき考えていたことなんかまったく覚えてなくて。

そうか、詩だ。
オチのないショートショートって。

このお話、萩原朔太郎の「旅上」の雰囲気なんだ。
  ふらんすへ行きたしと思へども
  ふらんすはあまりに遠し
  せめては新しき背廣をきて
 
ってやつ。

なんか、「水門」からぐるっとめぐってあらたな雰囲気です。

_ きのめさんへ ― 2010-10-22 19時05分58秒

じゅ、塾長!
葡萄!
てなわけで、オチのないショートショートがショートショートと呼べるのか?っていうのはあると思うんですけど、行き当たりばったり、散歩気分で文章が書けて、それがなんとなくサマになってたりしたら
いいですよねえ。
散歩文学といいますか、そういうのに憧れるんですけど、
でも、それは10回に1回くらいにしておかないと、誰も読んでくれなくなっちゃいますよね、多分。

ボクがよく行く焼鳥屋さんのお客さんに北海道出身って人がいて、
その人と話をする時、ボクはきのめさんと話しているような気分になるんです。

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