余命局からの電話2010-08-15


「課長、3番に電話です」
「どこから?」

「・・・・・・それが、余命局からです」
オフィスにいる私の部下が手を止めて、一斉に私の方を見た。
経理の女の子が、今にも泣きだしそうな顔をしている。

とうとう、私にも余命局から連絡が来たのだ。
余命局の任務は、国民の死に対する脅迫観念から解放するとともに、 自殺の防止、私産の放出を目的に設立された部局だ。

余命局のスーパーコンピューターには、全人類のあらゆる個人データがインプットされており、日々更新されるその因果関係や健康状態から、個人の余命を算出することができる。

うわさによると、余命局には占い師や、預言者、エスパーもいるらしい。
そして、より正確な余命時間を個人へ通知できるというのだ。

私が電話を取ると、余命局のオペレーターが、矢継ぎ早に言った。
≪声紋により、最新状態のご本人と確認されました。それでは、当局が算出した、あなたの余命時間をお知らせいたします。・・・・・・余命時間は、残り19時間11分56秒です。死亡原因は心筋梗塞です。・・・・・・各種税、電気・ガス・水道等の公共料金の支払いは、余命3分前に自動引き落としされますので、ご了承ください。なお、その他の私産につきましては・・・・・・≫

私は、オフィスの時計を見た。
今、ちょうど午前10時だ。
ということは、明日の朝5時過ぎには、死ぬということか。

部長が、私の横に来て、肩を叩いた。
「・・・・・・残念だ。君とともに、プロジェクトを完成させることができなくて」
オフィスのみんなが、立ちあがって私の周りに来た。

「みんな、すまない。今、余命局から電話がきて、私の余命は残り19時間ちょっとだと知らされた。私は、いつか来るこの日のために、実はいろいろとしたいことの計画を立ててたんだ。・・・・・・しかし、まさか今日連絡が来るなんて思わなかったよ」
私は、思わず笑ってしまった。

「残り、19時間、おまえ何するんだ? まさか、お得意の居眠りじゃあるまいな!」
同期が、私の背中を叩いて笑った。
笑いながら、涙があふれ出てきた。
オフィスのみんなが、泣いた。

私は、同期へプロジェクトの引き継ぎを終わらせ、事務的な残務処理を済ませ、昼食会をし、お昼過ぎ、みんなに見送られながら、オフィスを出た。

なるほど、私の人生もここで終わるなら、悪くはないか。
私は、そう思いながら、ケータイを開いた。
中に、万が一余命局から連絡が来た場合の計画をメモしておいた。
3日前に連絡が来た場合から想定し、時間ごとにやるべきことを記しておいたのだ。

しかし、19時間前とは・・・・・・。
時計を見ると、あと15時間くらいしかない。

【15時間前:3時間以内に家の中を整理】
急いで家へ帰り、家の中を掃除し、洗濯を終わらせ、不用品を処分し、未払い通知のあった口座へ、支払いも全て完了した。

【12時間前:家族へ連絡】
幸い、私は独身だったし、両親とは死別していたので、これと言って連絡する家族はいなかった。

時間が余ったので、私は近所のプールへ出かけた。
ひと泳ぎして、気分を晴らそうと思ったからだ。
その後、正装に着替え、ホテルのレストランで軽く夕食をとり、行きつけのバーで、一番高いウイスキーを注文した。

「となり、いいかしら?」
私の隣に、背中の開いた真っ赤なドレスのとても上品そうな女性が座った。
「パーティの帰りですか?」
私は、彼女に話しかけてみた。
彼女は、にっこりと笑って首を振った。

「余命局から、2日前に通知が来たの」
「2日前?・・・・・・で、残りどのくらいあるんですか?」
彼女は、上唇と舌唇をキュッと合わせると、マスターが作ったカクテルを一口飲んだ。

「4時間半ってとこかしら」
「じゃあ、今夜の2時前には・・・・・・」
「交通事故死らしいわ」
テーブルの濡れた部分を指でくるくるやりながら、彼女が言った。

「だったら、外出を控えて、どこか室内でジッとしていればいいのに」
「そんなことしても、無理矢理みたいでしょ? 私、そういう悪あがきってイヤなの」
「・・・・・・そう。でも、これも偶然ですね。僕も今日、もらったんですよ。通知」

「そうだったんですか」
彼女は、蝶を捕まえるように、私の手の上にそっと自分の手をのせた。
私は、彼女の細くて冷たい人差し指を親指で撫でてみた。

私たちは、当然そうなるようにして、ホテルへ行き、そこでお互いを慰めあうかのような、悲しげで切ないセックスをした。
はじめて出会った者同士なのに、恥ずかしさも罪悪感もなかった。

「不思議・・・・・・愛じゃないのね、これ」
「いや、愛かもしれないよ」
「・・・・・・そうね」

何度目かのセックスの果て、私は緩やかな眠りに落ちた。
そして、車の急ブレーキ音と、何かがガシャンと当たる激突音で目が覚めた。
ホテルの窓から下を覗くと、反対車線に赤いドレスを着た彼女が倒れていた。

時計は夜中の1時48分を示したばかりだった。
余命局の宣告通り、彼女は交通事故で死んだのだ。

しばらくして、救急車がけたたましいサイレンを鳴らしてやって来た。
「あと、3時間か・・・・・」
私はベッドに腰掛け、深々と溜息をついた。
ネオンの明かりが、部屋の壁を斜めに切り取っていた。

4時過ぎ、少し雨が降って来た。
もうすぐだな。

私は、シャワーを浴びて、体を清潔にしておこうと思った。
お気に入りの香水をつけ、整髪した。
新しい下着を着て、スーツを着た。

雨がやみ、外が明るくなり始めた。
もうすぐ夜明けだ。
「・・・・・・あと、1分」

その時、ケータイが鳴った。
私は、突然、部屋に鳴り響いた着信音に驚いた。
あまりにも驚いたせいで、心臓が急激に圧迫され、苦しくなった。
「うう!」

心筋梗塞だ!
私は、ケータイを耳に当てたまま、遠のく意識の中で、最後のメッセージを聴いた。

≪こちら、余命局です。当局の名を語り、偽の余命情報を発信し、身に覚えのない未払い請求元へ振り込ませる新手の振り込め詐欺が発生いたしました≫
「・・・・・・うう・・・・・・」

≪当局の余命告知は全て書面をもって行います。電話ですることは一切ございませんので、お気を付けください。なお、万が一そのような・・・・・・≫


※ おりんさんも「余命局」からの通知を受け取った人の顛末について、書いてくれました!
こちらです⇒ おりんさんの「余命局」へ

矢菱さんも「余命」ネタに競作してくださいましたあ! こちらです⇒ 矢菱さんの「余命局」へ
みなさんも、いかがですか?


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コメント

_ 生中毒 ― 2010-08-15 11時41分10秒

なんか暖かくてぬぷぬぷしてて気持ちいいんだなぁ。
こんなの知らずに風俗で金使ってた俺ってマジあほだったわ(笑)

_ 生中毒さんへ ― 2010-08-15 11時50分18秒

やっぱ、生ですよね。
ボクもステーキはレアだし
レアチーズケーキも大好きです。
馬刺しもいいし
レバ刺しもサイコー!
最後には、生殺しにならないよう気をつけてくださいね。

_ 矢菱虎犇 ― 2010-08-15 14時52分23秒

ヴァッキーノさん、おかえりなさ~い
このお話、背筋がビリビリしちゃうようなオチの本格ショートショートじゃないですかぁ!
なんかもう『世にも奇妙な物語』の原作になりそうですねぇ!
僕も余命を騙った『ヨメヨメ詐欺』には注意しまっす。

_ 矢菱さんへ ― 2010-08-15 15時30分30秒

おとといだったと思うんですけど
田舎でボンヤリとテレビを見てたら
デブな芸人が健康チェックして、あと何年生きられるかっていうような番組があったんです。
それで、みんなの余命みたいなのがコンピュータでわかる時代が来たら、便利だろうなあという
まあ、ドラえもんの道具みたいなお話になってしまいましたが、矢菱さんなら、どうします?
余命局から宣告されたら?

_ りんさん ― 2010-08-15 18時05分48秒

お帰りなさい。
お盆休みはいかがでしたか?

この話、面白いですね。
余命を知らせるのが無機質な音声というのが、何とも悲しいですね。あと19時間なんて言われたら、パニックになっちゃいますよ。
せめて1ヶ月は欲しいですね。

それにしても、このオチ、見事だわ~

_ おりんさんへ ― 2010-08-15 19時12分46秒

田舎に帰ってきました。
田舎っていっても、本当にトトロに出てくる本家みたいな家なんです。
ソフトバンクが圏外になるくらいの田舎。
築200年以上の農家なんですよ~。

>余命を知らせるのが無機質
事務的にされると、なんかものすごく不条理なことも
納得してしまうんです。
≪死≫の宣告も冷たく無機質ってのがベストですね。
ケアは、まわりの人々がすりゃいいわけですから。

あ、そうだ!
そんなわけで、おりんさんもどうですか?
「余命局から」通知が来た人の顛末を書いてみませんか?
なんて、強引に競作させたりして(笑)

_ tatsu ― 2010-08-15 22時49分32秒

ややや、さすがグランプリ受賞作家ですね
まったく本格派の風格があふれてます。

どこにも隙と無駄の無いショートショート
無料で楽しませて頂きました。

_ (未記入) ― 2010-08-16 02時28分56秒

これ、すごいですね!
星新一さんの『生活維持省』のパロディかと思ったら、途中からヴァッキーノさんらしい展開に!(笑)
余命局に占い師や預言者やエスパーもいるというテキトーな設定も好きです。
ラストの綺麗なオチまでサービスたっぷりという感じで、本当に楽しませてもらいました。

やっぱり余命を電話で知らせるってのはないですよね~。
もし時報みたいに「ピッピッ、ただいま19時間11分56秒前です」なんて言われたら……。
こわっ!

_ ia. ― 2010-08-16 03時24分14秒

↑ すみません。名前書き忘れました!
ia.です。お久しぶりです。

_ tatsuさんへ ― 2010-08-16 19時20分07秒

>どこにも隙と無駄の無い
あれれ?
ボクはよく妻に、隙と無駄だらけだと言われます(笑)
今回のお話は、見た感じ、ちょっと長ったらしかったかなあと
思ってたんですけど、読んでもらえてホッとしてます。
また、よろしくお願いします!

_ ia.さんへ ― 2010-08-16 19時37分34秒

>星新一さんの『生活維持省』
星新一が、日本のショートショートの神様だ!みたいなことを言われて、1000話以上もショートショートを書いたって、威張ってますけど、矢菱さんだって、たぶん1000個くらい書いたんじゃないでしょうか?
ボクは、星新一より矢菱さんの方がスゴイなあと思ったりするんです。
でも、毛嫌いしないで読んでみようかなあ。

>余命局に占い師や預言者やエスパーもいる
結局、そういうものに人間は頼るんじゃないかって思ったんですよ。
天気予報だって、なんとなく下駄を投げて決めてたりして(笑)

ia.さんもどうです?
余命局から余命を知らされた人々の話しとか、書いてみませんか?

_ もぐら ― 2010-08-17 20時17分23秒

ヴァッキーノさんが乗り移ったような作品で、とっても面白かったです。
「第九」のような壮大さと、「月光」のような静けさと。
すごいなぁ。
最後の人間臭さが〆てて よかったです。

りんさんの作品も面白かったです。

_ もぐらさんへ ― 2010-08-17 22時05分11秒

今回の「余命局」のお話は、テレビを見てて、ボンヤリしてた時に思いついたんですよ。
ですから、なんとなく長くなってしまったんで、読んでもらえないんじゃないかと、内心不安だったんですけど、楽しんでもらえてよかったです。
ボクは、オチをあまり考えないで書きすすめて、書いてる途中でオチを思いついたら、そのように締めるし、思いつかなかったら中途半端で終わるっていうテキトーなやり方なので、
矢菱さんや、みなさんの作品がすごく刺激になります。
しかも、おりんさんを今回、無理矢理誘ってしまったんですけど、
すぐに反応してくれて、とてもうれしかったです!
もぐらさん、これからもよろしくお願いしますね!

_ もぐら ― 2010-08-18 18時44分07秒

長くても 短くても 全部読んでますよ。
ただ 読み逃げしてるだけで~す。 えへ。
ごめんなさい。
テキトーだなんて思えない作品ばっかりですよ。
ヴァッキーノさん、みなさん すごいと思います。
いつも楽しませてもらって ばっかりですが
こちらこそ よろしくお願いします(^.^)

あ、正直な男にもコメントしたのに 消えてる~。

_ もぐらさんへ ― 2010-08-18 20時36分16秒

もぐらさんは、優しいなあ。
素人の書くお話だと、自分では思いながらも、
だからかえてって、カッコつけずに書きたいことを思いっきり
書いているんですけど、書きながら、たまにオナニーに似た
虚しさを覚えることもあるんですよ。
だけど、それを楽しさに変えることができるのは、
みなさんの温かいコメントがあってのことなんです。
それがなかったら、ボクはとっくにやめてると思うんです。
ありがとうございます!

_ 矢菱虎犇 ― 2010-08-26 22時15分03秒

隊長!
よっぱさんが『余命局』書いてます!
『よっぱの日記』8月24日をごろうじろじろ。
以上、報告ですた!
シュタタタッ

_ 矢菱さんへ ― 2010-08-27 23時51分40秒

ななななんとー!
よっぱアニキが?!
こりゃ大変だ!
ビックリマーク大放出!!!!!!
ドピューン

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