少林三法塾の秘拳、一子相伝の必殺拳　千手観音は、誰の目にも触れられることなくその幕を閉じた。
その後、ローたちが、道場をのっとり、狂った歯車による殺戮の歴史が、大きく動き出した。
ひとつの悪は、さらなる強大な悪を生み、それがいつしか善と呼ばれるようになり、人々の心は知らず知らずのうちに、蝕まれていった。

月日は、雨水が巨石を徐々に穿つように、静かに流れ・・・・・・。

そして、現代。

エツコは、駐車場料金を自動振り込みにするために、タカシを乳母車に乗せて銀行へ出かけた。
銀行の前は、下水管の工事中で、交通規制されていて、交通整理のお兄さんが汗をダラダラ垂らしながら、旗を一生懸命に振っていた。
「暑いのに大変ですね、がんばってください」
エツコは、お兄さんに声をかけずにはいられなかった。

外の暑さとは裏腹に、銀行の中の温度は低すぎて、寒いくらいに感じ、エツコはタカシに自分の羽織っていたカーディガンをかけてやった。

「かわいいでしゅね～」
隣の席に座った白髪に長い髭の仙人みたいな老人が、タカシを覗きこんで、微笑んだ。
「こんなに小さな赤ちゃんだと、この温度変化で大変でしょう？」
「ええ、本当に・・・・・・」

と、その時だ。
「キャー！」
３番窓口から悲鳴が聞こえた。

黒いスェットスーツ姿の男が、店員に銃らしきものを突き付けている。
この暑さにもかかわらず、ニット帽をかぶり、サングラスに顔全体を覆うマスクもしている。

「騒ぐな！　全員、手を頭の上に乗せろ！」
入り口にも、同じ格好の男が２人。
そして、エツコの後ろにも！

警備員が、駆けつけてきて、男たちを取り囲んだ。
「銃を下ろせ！」

「うるせー！」
窓口にいた男が、天井に向けて引き金を引いた。
銃声が行内に鳴り響いた。

「あ！」
エツコの一瞬の隙をついて、後ろにいた男がタカシを乳母車から抱えるようにして奪い取った。

「やめんか！　赤ん坊だぞ！」
白髪の老人が、赤ん坊を取り返そうと男に飛びかかった。
「近づくな！　ジジイ！」

男の銃弾が、老人の胸を貫通した。
男は、自分の行為に一瞬震えあがったが、すぐにその銃口を赤ん坊の頭に向けると、じりじりと窓口へ近づいて行った。

「このバッグに、金を詰めろ！　おかしな真似したら、あのジジイみていにぶっ殺すぞ！」
白髪の老人が倒れ込んだ床が、血の海となっていた。

タカシが、黒づくめの男の腕の中で、わんわん泣きだした。
面倒くさくなった男は、赤ん坊の頭に突きつけていた銃の引き金を引こうとした。
エツコは、両手を広げて叫んだ。
「や・め・てー！」

すると、地響きとともに、男たちが同時に３人とも小枝のように宙を舞い、天井に全身を打ったかと思うと、そのまま落下して、床に叩きつけられたではないか！

天井に飛ばされた時、タカシはエツコの腕の中に落ち、間一髪で無事だった。
「タカシ！　よかった！ なにが起こったか知らないけど、きっと神様が私に力を授けてくれたんだわ！」

ちょうどその時、銀行の外で、交通整理のお兄さんが、目にも止まらない速さで、弧を描くように旗を振っていたことを、エツコには知る由もない。

≪終劇≫


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